「四国遍路の印象記」

  昨年夏のスペイン巡礼に続いて、この秋四国遍路を歩きました。20071012日に一番・霊山寺を出発し、1119日に八十八番・大窪寺を打ち終わって、翌日再び一番に戻り四国での円環を閉じました。丸40日間、1,200キロ弱を歩き通しましたが、このブログはその間の印象を記したものです。

  キリスト教の巡礼と仏教の遍路をしたことに対して、「二股掛けてよいのか」となじる友人もいますが、「天国と極楽の両方に行きたいからだよ」と答えることにしています。死後昇るところをキリスト教は「天国」、仏教は「極楽」と違った名前で呼びますが、両宗教とも墮ちる方は同じ「地獄」で一つです。従って、堕ちる方の確率は変わりませんが、登るほうの確率は2倍になる勘定です。

  冗談はさておき、現時点でカソリック信者でもなく、真言密教を信じる仏教徒でもない私の場合、巡礼にも遍路にも、厳密な意味の宗教的動機はありません。歩くことを通じて、精神的にも肉体的にも自らと向き合い、本来の自己を発見出来ればと考えただけです。

  但し「お四国巡り」を通じて、少年時代に寄宿して、お世話になった、故郷・栃木県の真言宗の寺のご住職夫妻の菩提を弔いたいと思いました。寺々の大師堂で心経を唱えていると、ご恩返しもせぬままに逝かれてしまったご住職(三国浄春大僧正)の澄んだ目と暖かい人格が思い起こされました。

  それにしても、一人で歩いていると、人生の数々の場面が思い出され、これまでに邂逅した人々の顔が浮かんできます。宿が寝静まった深夜、目が醒めた時は起き出して、その日のスケッチを添えた葉書を書き、現在もお付き合い願っている人達の一部に便りをしました。ここではそれらのコピーを軸に、旅の印象を語り、私が考えたことの一端を紹介しようと試みました。拙い絵と文章ですが、ご笑覧頂ければ幸いです。(尚、絵手紙のスケッチでは、風景や人物に多少のフィクションを加えて、見易くすることを試みています。)

 

  四国の官民の間で八十八箇所の総体を世界遺産に登録しようとする動きが盛んのようです。私も大賛成ですが、既に世界遺産になっていて、自分でも昨年歩いたスペインの巡礼路 "El Camino de Santiago"との比較が気になります。別項として、気が付いたことを記してみました。それぞれ一回の経験で、生半可な理解なのに生意気なことを述べていますが、大方のご寛恕を予めお願いします。    200712月              三田 善男(合掌)

 

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