「遍路道の祭り」
秋祭りのシーズンだったので、各地の神社に祭りの幟がはためき祭囃子が聞こえていたが、近くで遭遇したのは次の二件だった。
(1)26番・金剛頂寺(こんごうちょうじ)を降りてくると、土佐湾に沿って走る国道55の左右は奈半利(なはり)の集落で、祭礼が行われていた。ここに描いたような普通の神輿の他に、ある部落では漁船の形をした神輿を見かけた。

(2)11月3日、宇和島市街を出て41番・龍光寺、42番・佛木寺(ぶつもくじ)を打ち、険しい歯長峠を越えると西予市に入る。43番・明石寺(みょうせきじ)はまだ先だ。集落が畑と山の中に点在する田園風景を歩いていると、離れた処から太鼓と笛の囃子が聞こえ、人だかりしている。急いで行ってみると、カモシカのような面を被り独特な衣装の5人が民家の前でお囃子に合わせて奇妙なダンスを踊っている。終わるとその家の人から奉納金を貰って、次の家に移動してゆく。訊いてみると「五鹿(いつしか)踊り」だと言う。インターネットで調べたら、古くから南予地方の祭りに部落の若者が奉納する祭礼舞踊で、最近は郷土芸能として保存努力がなされている。一見して東北地方の風俗に似ているのは、宇和島藩主に伊達政宗の長男・秀宗が移封されてきた時、連れてきた家臣達の影響という。被る面も枝分かれした鹿の角を付けたものが多く、4匹の牡鹿が1匹の牝鹿を巡って争う様を踊りにしたのだそうで、穢れ(けがれ)を祓う(はらう)巫女(シャーマン)の踊りが元祖であろう。



