「お接待」
お四国には「お接待」という特異な文化があることは予め承知していた。私は意外に早くその最初の洗礼を受けた。歩き出した直後、3番・金泉寺(こんせんじ)に向かう途中、私の金剛杖の鈴の音を聞いたのか、路端の民家からご婦人が飛び出してきて「お接待です。ご苦労様。」と自分で縫った小銭入れの巾着と煎茶の缶を差し出した。「有難うございます。」と合掌し、慌てて名刺代わりの納札(おさめふだ)を出そうとすると、「お気遣いなく、お大師様へのご供養ですから。」と固辞された。
その後、お接待を受けるたびにノートしたら、合計17回。徳島県が一番多く8回、時計回りに従って少なくなった。
果樹園を通りかかり、農婦から蜜柑や柿2−3個を貰ったのは4回。
徳島市内で買い物途中の主婦に道を尋ねたら千円札を、高松市内のバス停の老婦人からは10円の銅貨2枚を手渡されたこともあった。
印象に残ったのは、6番安楽寺の境内で小学校低学年の子供たちが大勢で冷たい飲み物を振舞い、お遍路さんの肩を揉み、団扇で扇ぐというお接待をしていたことだ。校長と担任の先生が後ろに控えていたのを見ると、学校ぐるみでヴォランテイア精神涵養の為に授業の一環として行っていたもののようだ。流石は四国と感心した。
また急峻な45番・岩屋寺に向かう途中の国道33号の信号脇で、停車中の車から男に「途中までだが乗らないか?お接待だ。」と声を掛けられた。「有難うございます。歩くことにしてるので。」と断ったが、後に遍路仲間でこの場合どうすべきかの議論あり。「お接待は弘法大師に向けたものゆえ、例えば禁酒を誓った遍路が酒をお接待された時でも受けるべきだ。」という意見もあったが、如何なものか。
変わっていたのは、30番・善楽寺を打った後、県道の横に突然車が停まり、遍路の白衣を着た男が降りてきて菓子袋を手渡しながら、パンフレットを呉れた。「世界嘘吐きクラブ会長」とあって、お接待の為だけに車で四国を廻っているのだそうである。


