「結願の日」

                        1119日、いよいよ88番・大窪寺(おおくぼじ)に向かう。長尾寺の門前の宿から13キロ、大窪寺の標高は445mで全体にきつい登り坂だが、特に直前に女体山740mの頂上を越えねばならないので、遍路最後の試練の行程だ。

途中の前山ダムの畔「さぬき市お遍路交流センター」に立ち寄ると、今年2007年の通過者978番目と番号を打った「四国遍路大使」の任命状とバッジを授与された。


「大窪」寺に到達する為に克服せねばならないのが「女体」山というのは、即身成仏を標榜する真言密教らしい意味があるかどうか。頂上は急な岩山で、鎖を頼りに攀じ登らねばならない。ここで転落したら 正に「千尋の功を一簣に欠く」なので、注意して這うように登る。そこで川柳一句「峻しさは モンロー並の 女体山」頂上の岩場から振り返ると讃岐平野の絶景に汗が引く。更に急な下り坂を駆け下りて、寺の境内に横右手から入る。一旦下に降りて山門の石段から入り直す。結願(けちがん)の瞬間である。特別な宗教的目標を持った遍路旅ではなかったが、辛い40日のルートを通して自己改革への手懸りでも見つかればと考えた。特に生来のせっかちな時間尺度=体内時計を、歩くことの忍耐や寺での読経を通して変えることが出来ればと期待した。しかし結果的には、これくらいの苦労では、自分の中身はまったく変わっていないことに気が付いた。

 大窪寺は紅葉の名所らしく、週末ではないのに門前から境内まで観光と参拝を兼ねた人の列である。その中に混じって最後の納経を念入りに済ませるとなんだかホッとして周りの空気の味まで変わったような気がする。二千円を払って「八十八箇所結願証書」を貰う。スペイン巡礼では、途中ルートのスタンプの日付を改めた上で終了証書を授与されたが、ここでは何のチェックもない。1番から始めてここで完了した人はよいとして、途中から始めて88番は通過点である場合や、逆打ちの場合の終了証明はどうなるのか?

 結願が近くなったここ数日、又通常の生活に戻らねばならぬことに一抹の不安を感じ、このまま何時までも歩き続けたいという気持ちにもなった。しかし個人の悟りの有無とは関係なく、自然は無窮の営みを続けるし、私自身も明日からは俗世に戻らねばならないという現実に気付く時、ヴァレリーの詩句「風立ちぬ!−Le vent se leve! il faut tenter de vivre!」が思い起こされたのだった

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