「歩き遍路の仲間」

 今回1番から歩き始めた後、多くの人々にお会いした。その中でも、同じ遍路宿に泊まり、情報を交換し、道中を少しでも一緒に歩いてくれた人たちとは仲間意識を持つことが出来た。その中で部分的に区切って歩いて出直す人とは途中で別れねばならないし、歩くスピードは各人違うので全行程を一緒に歩けるわけでもない。しかし辛い経験を共有した人達とは今後も接触を保ちたいと思う。

 岡山から来たTさんは車で廻ったのも入れると19回のお四国歴で赤い納め札のヴェテランだ。広島からのIさんは3回目の歩き遍路だが、ルートの隅々まで驚くほどよく頭に入っている。二人と知り合ったのは室戸岬で、土佐湾ルートを高知市内まで一緒に歩き、丁寧に指導を受けた。今回はそこで一旦帰国するという。

 東京西郊からのお嬢さんOさんとは7番・十楽寺の前で言葉を交わし、特に焼山寺を越えての難路を一緒に歩いたのは印象に残る。若い女性がどうして遍路に来たかは明かしてくれなかったので、勝手に創作してスケッチを描いた。他に女性では、更に若い、札幌から来た歯科衛生士のNさん、熊本から3度目という60代で小柄だが驚くべき脚力のIさん、日常で鬱屈するとお四国にやってくるという大阪の71歳のTさん、中年で既婚だがどういう訳か夫を置いて一人で廻っている大分のAさんと広島のNさん、等々でいずれにしろ性格がしっかりした女性ばかりである。

 若い男性は仕事を持っているので一気打ちは少ない筈だが、それでも29番・国分寺まで前後して歩いた神戸からのA君や、13番・大日寺まで一緒した静岡からのO君、足摺岬や45番・岩本寺の前夜の宿を共にした北海道からのW君など皆無事結願したらしい。それぞれ動機は違うようだが、固い決意の持ち主ばかりだったようだ。最後の大窪寺までを歩いた横浜からのW君は後半だけの区切り打ちだが、座禅を通じて精神世界に目を開かれたのが遍路に来た動機だそうで、横から見ていても寺での読経や礼拝にも心が篭っていた。

 同年輩の男性遍路とも何人か前後して歩き、話をした。足摺の宿が一緒だった徳島のAさんは、満80歳だそうで家族が心配するがマイペースで歩いているそうだ。相模原からのKさんは、私と同年だが歩くペースが早くて屢々途中で追い抜かれるが、どういうわけか何度か宿で一緒になった。東京大田区からのHさんも、今回は愛媛から最後までを歩くのだそうで40番・観自在寺以降を前後して歩いていたが、松山市内で見失った。

 夫婦連れでは、65番・三角寺からの下り道で会って話した松山市からのDさん夫妻は、30代らしいが毎月部分的に二人で遍路道を歩き一年ほどで八十八箇所を完遂する積りらしい。81番・白峰寺で会いその晩は同じ宿に泊まり合わせて、翌日根香寺(ねごろじ)まで一緒になった大阪からのUさん夫妻は、定年退職直後と見受けたが、奥さんのペースに合わせなければならぬので不満だとご主人はこぼしていたが、実の処は二人で楽しんで歩いているようで羨ましい限りだ。

総じてスペインに比べると歩き遍路の絶対数が少ない。88番の前の遍路センターの証書では、1119日通過の私が年初来978番目だから1日当たり3人足らずということになる。歩いていると必ず前後に巡礼仲間が見えるスペインに比べ、四国ではそれは極めて稀だ。

 

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