「歩き遍路の道」
四国でも舗装道路が整備され、遍路ルートもそのような国道、県道、林道の占める部分は7割近い。しかし歩き遍路の醍醐味は古来の遍路道を歩くこと。
それは次の二つの範疇に分かれる。
(A)古くからの寺への参拝路。
他の交通が通らない山や野の土路で、
遍路固有の道として歴史もあり、「へんろみち保存協会」などの複数のNPOが整備の努力を傾けている。大部分は石榑が多くて歩きにくい小路だが、周りを見回せば自然に溢れており、楽しめる。道標も比較的分かり易く整備されている。又充分ではないが、休憩所や簡易トイレなどの整備も見受けられる。
(A)の例:香川県の東部は義経の屋島攻めの時に絡む遺跡が多く保存されているが、遍路道もそれらと交差している処がある。屋島寺から東斜面を下って85番・八栗寺に向かう遍路道は非常に急峻で、途中に義経の軍兵が血刀を洗った池や、義経の矢面に立って犠牲になった佐藤継信の墓もある。この時代には遍路はまだ一般的ではなかったようだが、屋島寺の起源が奈良朝に遡るとすれば、弘法大師の衣鉢を継いだ修行僧はこの合戦の当時も巡礼していた筈である。このような史跡を訪れるのも遍路道の楽しみの一つである。
次は(B)古い街道で一応の幅はあるが今はローカルな道。
これは元来は遍路の為の道ではなく、一般の交通も多かったが、新しく自動車中心の幹線が出来た為に見捨てられた道。舗装された部分も多く、歩き易いが今でも自動車の交通があり、狭いので却って危険を感じる。家並みや商店街も寂れて人影はほとんどなく、遍路の為の道標もなく、トイレや休憩所も少ないので不便だ。
但し、独特な雰囲気を備えた(B)道もある。古い土佐街道は徳島と高知の険しい海岸線を渚に近い方に逸れて、この地方に特有なツバキ・ヤマモモ・サカキ・タブノキなどの照葉樹林の原型の中を辿って行く。日本人祖先の一派をなしたであろう南からの海洋民族が黒潮に乗って漂着した時に見たであろう原風景がそこにある。

又、高知の奈半利町や安芸町、愛媛の内子町や三島町のように旧街道の歴史的なただずまいを意識的に保存している楽しい道もある。
高知の種崎のフェリーの道や、根香寺から長い下り道を降りた高松市飯田では、篤志家が自宅の一部を遍路休憩所として提供してくれていたが、現時点では例外的。これから世界遺産登録に向けて、徐々に県や市町のレヴェルで地元の協力を募り、歩き遍路道のインフラ整備が進むことを期待する。


