I.始めに
 私は2006年はスペイン「星の巡礼路」を、2007年は「四国八十八箇所」を歩いた。そこでのキリスト教(カソリック)と仏教(真言密教)、夫々の宗教文化が齎す霊的雰囲気は、決まった宗教的信条を持たない私にも、大きな感動を与えてくれた。そこでその延長線として、日本古来の神道の聖所を廻る「熊野古道」への関心が高まり、2008年の初めから資料を集めて、参詣の実行に向けて検討した。
 2000年に文化庁は「熊野参詣路」を史跡指定した。続いて2004年にはUNESCOの世界遺産として「紀伊山地の霊場と参詣路」"Sacred Sites & Pilgrimage Routes in the Kii mountain Range"が登録された。その対象は(1)吉野山と大峯山の神社、(2)熊野三山・青岸渡寺・補陀洛山寺・那智滝と原始林、(3)高野山の寺社と高野山町石道、(4)これらを廻る参詣路である。
 しかし普通「熊野古道」という場合は(2)(4)を指すと考えられる。即ち中心になるのは、熊野三山と呼ばれる熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社で、更にはそれらに向かう参詣路と途中に散在する熊野権現(九十九王子)や青岸渡寺・補陀洛山寺などの仏寺である。参詣路としては、関西から紀伊へのアプローチである紀伊路(渡辺津ー田辺、これは世界遺産には含まれない)、それに繋がる中辺路(田辺ー熊野三山)、大辺路(田辺から海沿いに串本を経て那智に至る迂回ルート)、紀伊半島の中央山地を越える小辺路(高野山を発して山中を南下し熊野本宮に至る最短ルート)、修験道の修行を目的にした大峯奥駈道(吉野から大峯山を越えて本宮に至る嶮しい道)、更には東国から伊勢詣での延長としての伊勢路(伊勢神宮から熊野三山に至るルート)がある。(これらの概要を示す略図は次の通り):
 

 私が先ず悩んだのは、これらの中でどのルートを辿り、どの施設を訪れるべきかということだった。第一候補は、1090年の白河上皇の行幸以来、京の貴族や大阪の庶民たちが辿った伝統的な公式ルートの紀伊路+中辺路が考えられる。しかし、このルートは概ね現代のハイウエイと重なり、しかも世界遺産登録以来人気ある観光ルートになり、バスや車の往来が激増し歩く者には問題ありという評判が気になった。また私の特殊事情だが、前の年に四国八十八箇所を結願した遍路として高野山の弘法大師廟にお礼参りする義務を負っていた。それらを考慮して、高野山を起点とし、厳しい山越えのために一般観光客が少ない筈である「小辺路」を選ぶことにした。また歩く季節を春として、それまで訪れたことが無かった花の吉野を行程の一部に組み入れることに決めたのである。
 更に久し振りの関西なので、最初の部分に、西宮在住の友人K夫妻を訪れ夫婦でゴルフをすること、50年前にM商事大阪に入社した同期生の懇談会に出席すること、東京から故郷の奈良に隠退した友人S君に会って久闊を叙すことも組み入れ、ごった煮のような旅行計画になってしまった。

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